ご紹介 メインイメージ

ご紹介 ABOUT

江戸時代から明治にかけて、宍道湖につながる運河を利用した物資の集積地として栄えた雲州平田。
新田開発をきっかけに綿栽培が始まり、やがて織りや染物なども発展し木綿の一大産地となりました。
今も通りに連なる「切妻妻入塗家造り」の町屋や白壁の土蔵などが、往時の繁栄ぶりを伝えています。

平田木綿のはじまり

平田木綿のはじまり

江戸時代、斐伊川上流の奥出雲地方で「たたら製鉄」が盛んに行われ、出雲平野を通り宍道湖に注ぐ下流域は砂鉄の採取後の砂が堆積し、氾濫を繰り返していました。そこで川違えが行われ、大量に出土した土砂は平田の新田開発に使いました。その際、土壌改良で植えられたのが綿です。やがて松江藩の奨励を受け、江戸末期には木綿市が立つほどになりました。

木綿産業隆盛の時代1 木綿産業隆盛の時代2

木綿産業隆盛の時代

幕末には、年間60万反もの取引があった平田木綿は、遠くは大阪方面にも出荷されました。宍道湖へつながる船川には、帆船が通るよう跳ね橋がかかり、その情景は平田の風物詩であったとか。木綿街道の通りには、今も白壁の美しい切妻妻入塗家造りの商家が建ち並び、かつての繁栄を物語っています。

銘酒「世界の花」の蔵元、旧石橋酒造

銘酒「世界の花」の
蔵元、旧石橋酒造

木綿街道で、ひと際目を引くのが本石橋邸と酒石橋です。酒石橋は大地主だった本石橋の分家で、1750年創業の造り酒屋です。代表銘柄は江戸時代後期の文人頼山陽が命名した「世界の花」。飲めば春のような心地になると歌われた美酒でしたが、惜しまれながら2007年、250年の歴史に幕を下ろしました。

〝懐かしくて新しい″を本物に求めて1 〝懐かしくて新しい″を本物に求めて2

〝懐かしくて新しい″を
本物に求めて

伝統的な建築様式を残す酒石橋は、暖簾を下ろした後も地元の人々によって大切に保存されてきました。日本の気候風土から生まれた家屋、酒や醤油、生姜糖など土地の食文化を継承する町に、NIPPONIA出雲平田は寄り添い、ともに次なる時代へ古き良き伝統を継承し本物を求めてまいりたいと考えています。

NIPPONIA出雲平田